食べ物と汽車が好きな人のための書評

名作の中の食べ物、作家が好きな食べ物と旅を追って、本の森を歩こう

中落合 中太郎
(C)Chutaro.Nakaochiai
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村上春樹が語る「外国語会話上達法」―『村上朝日堂はいほー!』by村上春樹
評価:
村上 春樹
講談社
¥ 1,427
(1994-02-18)

<村上春樹さんの英会話論>
以下、青字は村上作品からの引用である。黒字は中太郎の意見である。

僕は断言してもいいけれど、その辺の町の英会話教室で英会話を身につけるのはまず無理である。

ごく当たり前の一般市民にとっては、英会話教室なんてはっきり言って――まあ頭の訓練にはなるかもしれないけれど―授業料と時間の無駄づかいだろう。(『村上朝日堂 はいほー!』新潮文庫平成4年刊「Can you speak English?」より)

夏休みである。
夏休みだから、ひとつ英会話の集中講座で英会話をモノにしてやろう、というひとには、村上さんの意見は気の毒だ。


<日本人の英会話学習の基本的な間違い>

世の中の多くの人は外国語会話というのを後天的に身につけることのできる純粋な技術として捉えて考えているように見える。

しかるべき単語を上手に暗記し、発音を矯正し、場数を踏めば誰でも英会話に堪能になれるのだというふうに。

巷に英会話教室が溢れ、書店にはテープやら本やらが山積みになりながら、きちんとした英会話能力を身につけたひとがあまり見当たらないという事態が生じるのだ。(『村上朝日堂 はいほー!』新潮文庫より)


<日本語でコミニュケーションできない人が外国語でうまく話せるわけがない>
日本語で歌って音痴な人が英語で歌っても音痴なのと同じ理屈ではないですか?

日本語で文章を書くのが苦手な人がどれだけ英作文を習ってもおのずから限界があるのと同じである。。(『村上朝日堂 はいほー!』新潮文庫平成4年刊「Can you speak English?」より)

<じゃあどうすれば英会話が身につくのか>
ただ、僕の経験からいうと、外国語というのは、必要に迫られればある程度は話せるようになる。逆に言えば、必要に迫られなければまず駄目だ。

必要性というのが語学習得のための重要な要素であることは経験的に言ってまず、間違いのないところである。

「必要性」という村上さんの話で中太郎は気づいたのだが、中学、高校で勉強した英語(英会話ではない)がまがりなりにも身についた。

それはよい高校、よい大学に入学するという「必要性」があったからだと、いま気づいた。

じゃあ、いま、文京区千石の主婦35歳に英会話習得の強い「必要性」があるのだろうか?

<幼児のための英会話教室はよくわからない>
普通の六歳の子どもがどうしてバイリンガルにならなければならなくちゃいけないのか僕には全然理解出来ない。

日本語もちゃんとできない子供が表層的にちょこっとバイリンガルができてそこに何の意味があるのだろう?

才能か必要性があれば、子供英会話教室に通わなくたって英会話は人生のどこかの段階でちゃんとできるようになる。

<英会話が必要なひとは>

大事なことはまず自分という人間がどういうものに興味があるのかを見定めることだろう。

日本語の真の会話がそこから始まるのと同じように、英語の会話だってそこから始まる。

僕は高校時代アメリカの小説ばかり読んでいたから、まず、読み書きから英語にはいり、そこから会話に入っていった。

(英会話は)今でも得意とはいえない。訥々とした不器用な喋り方である。発音だってヤクザである。うまくさっと言葉が出てこない。でも、それが僕という人間なのだ。


村上さんの文学賞受賞の講演を聞くと、サリンジャーやフィッツジェラルドの翻訳者であり、プリンストンやハーバードで教鞭をとっていた経歴からすると流暢とは言いがたい。

中太郎の分際でいえたことではないが。

<村上さんからアドバイス―『やがて哀しき外国語』講談社文庫より>

外国人に外国語で自分の気持を正確に伝えるコツというのはこういうことである。

ー分が何を言いたいのかということをまず自分がはっきりと把握すること。そしてそのポイントをなるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること。

例えば、中太郎がカリフォルニアに行って「どこを見たいか」聞かれてこう答えたとする。

メジャーリーグに日本人は沢山いるけどね。松井とかイチローとか。サンフランシスコジャイアンツには新庄がいたんだが今はいない。ドジャースの斎藤はボストンに行っちゃった。日本のジャイアンツがキライなんでオレはどっちかというとドジャースだな。

要点がはっきりしない。村上さんいわく、
そしてそのポイントをなるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること。

だから、こう言おう。

オレはドジャースの試合が観たい。
見られるならサンフランシスコジャイアンツでもいい。
これだよね。ポイントは。

日本のメジャーリーガーとか東京のジャイアンツなんて話は通じなくてもいいでしょ。
メジャーリーグ観戦が出来れば。

⊆分がきちんと理解しているシンプルな言葉で語ること。難しい言葉、カッコいい言葉、思わせぶりな言葉は不要である。

大学入試用の英語は難しい単語を沢山使って、かっこいい言い回しをするのがエライ、という風潮を作ったと思う。

中太郎がアメリカ遊学中に作文の先生にいわれたのは、
「多いといいたいならmanyでいい。 関係詞や接続詞を使ってつなげるな。 複雑な文を作るな」
だった。 

「それからジョークはいらない」
ともいわれた。
スキーは好きだが、ウィスキーは好きじゃない、とかね。言ってたのよ。



B膸な部分はできるだけパラフレーズする(言い換える)こと。ゆっくりとしゃべること。できれば簡単な比喩を入れる。

例えば、「同じ仏教寺院ですが長谷寺は浄土宗で覚園寺は真言宗なんです」

といっても、よほど日本仏教に詳しい外国人以外には意味のない説明だ。

比喩を用いて言い換える。

「長谷寺は浄土宗に属しています。覚園寺は真言宗です。同じ仏教寺院ですが、少し違います。日本仏教にはたくさんの宗派があります。例えば、メソジスト教会とプレスビテリアン教会の違いみたいに」

といえばなんとなくわかるだろう。

「どうちがうの?」
と聞かれたら、

そうですね。こういいますか。
「大事にするお経が違います。宗祖が違います。日本では宗祖を大事にします。儀式が違います」

「どうちがうの?」
さらに聞かれたら
お手上げですが…。

<いわゆる英作文ではない。英語で作文を書く事を勧めます>

 日本人は作文が好きだ。
ブログもツイッターも携帯メールも作文だ。ラジオへの投稿も作文だ。
 
のべつ幕無しに作文している。
それを自分が必要としている外国語で書けばよい。

英会話教室に行って、外国人相手に

先生:スープはなんにしますか。
生徒:トマトスープをお願いします。
先生:ステーキの焼き方はどうしますか。
生徒:ミディアムでお願いします。

こんな定型文をなんど繰り返して覚えても自分の興味がなければ時間と金の無駄でしょ。


難しい単語や言い回しを暗記しても、自分の言いたいことが英語で表現できなければ、何時まで経っても、「私は英語ができない」という劣等感と「英語ができるようになりたい」という渇望感が途切れない。

自分が好きなことや訴えたいことを英語で作文するほうが身につく。

理想は、それを添削してくれる先生を手に入れることだ。

<中学、高校の英語授業は毎日、自由作文を>

野球部の子は野球をテーマに、漫画の好きな子は漫画をテーマに、作文する。
先生はそれを読んで添削したりアドバイスする。

生徒のほうが詳しいこともある。衝突する。

「ぼくは本当はこうかきたいんです」
「ぼくが言いたいことはこうなんです」

と、先生と生徒がやりあう授業。
いまの英語の先生のノウハウが生きる。

それが生徒ひとりひとりにとって役に立つ外国語を身につける教育だと中太郎は思う。

新しい教材もいらない。
外国人教師もいらない。
英会話授業もいらない。


| 中落合中太郎 | 村上春樹 | 22:39 | comments(0) | - | pookmark |









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