食べ物と汽車が好きな人のための書評

名作の中の食べ物、作家が好きな食べ物と旅を追って、本の森を歩こう

中落合 中太郎
(C)Chutaro.Nakaochiai
日本にカレーが来た道―「カレーなる物語」吉田よし子
JUGEMテーマ:グルメ
 <カレーを食べた最初の日本人は16歳>

本書によると、記録に残っている話として、最初にカレーライスを食べた日本人は会津藩士から東京帝国大学総長になった山川健次郎博士だそうだ。

明治4年(1871)、当時16歳の山川少年は国費留学生として郵船会社のパシフィック・メイル号でアメリカに向かっていた。山川少年は船の西洋料理が鼻について食べられない。20日以上かかる船旅で絶食していては命に関わる。

船医の勧めでカレーライスを口にするが、「あの上にのっているゴテゴテしたもの」(カレーソース)は食べられず、船医にもらったアンズの砂糖漬をかじって下のご飯だけ食べて命をつないだ。

この話は昭和4年に旧制武蔵高校(現在の武蔵大学)での連続講話の記録に残っている。

<初めてカレーを見た日本人>

最初に人がカレーを食べているのを見たのは、のちの東京帝国大学医科大学学長(医学部長)となる三宅秀であると吉田さんは書いている。

三宅博士は文久3年(1863)幕府が派遣した遣欧使節の随員として渡航中、乗り合わせた船のインド人がカレーを手で食べているのを見た、と日誌に記録している。

以下、青字は引用である。

飯の上に唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻きまわして手づかみで食す。至って汚なき物なり

吉田さんは続ける。

しかし、そのカレーがそれから百年もたたないうちに、日本人のもっとも好きなメニューの一つになってしまうとは神ならぬ身の知るよしもない。

<吉田さんはハーブ、スパイス研究の草分け>

吉田よし子さんは東大農学部卒業後、旧農林省に入省。フィリピン、インドネシアでの駐在経験もある。

私は吉田さんの講演を聞いたことがある。目が生き生きしていてキビキビとうごく元気なおばちゃんである。彼女は自身で栽培している生のカレーリーフを触らせてくれた。

吉田さんはインドの農家の台所に入って女性たちと料理しながら、スパイスの調合や料理のレシピをじかに取材するなど積極的に活動している。

<カレーのきた道>

三宅博士のみたインド人のカレーと山川博士の食べたカレーは別の種類だ。前者はほんもののインド料理、そして山川博士の食べたのは我々が普通食べるカレーライスである。

ご存知のようにインド料理屋のカレーは小麦粉でとろみを付けることはしない。じゃがいもや豆のカレーならそれ自体でトロミがでる。が、通常はトマト、玉ねぎなどでグレービー(英語だが)をつくる。その場合多少とろみがあるが日本のカレーにくれべればサラッとしたものである。

もちろん、インド料理ではカレー粉やカレールーは使わない。それがどうして、カレー粉と小麦粉のカレーになって日本にきたのだろうか?

<東インド会社とカレーのイギリス伝播>

本書によると、イギリスにカレーを紹介したのは1773年初代ベンガル総督となったヘイスティングスである。日本では徳川家治将軍。老中田沼意次が権勢を振るっていたころである。

その前年、総督になる前にヘイスティングスは英国にカレーを紹介した。現在のインド共和国西ベンガル州からバングラデシュ一帯は現在でも有数の米作地帯である。

したがって、ヘイスティングスがもたらしたカレーもベンガル風の米飯をそえたカレーライスであった。
カレーライスはイギリス上流階級にもてはやされ、英国王室で供されるまでになった、という。

<カレー粉の発明>
上流階級のものであったカレーはインド人の料理人によって調理された。だから、スパイスやハーブを調合した本場のインド料理に近いものであった。

貴族の宴会やパーティーを請け負う会社、クロス&ブラックウェル(C&B)社が初めて、カレー粉を開発した。カレー粉により、面倒な調合から開放された。また、インド人でなくてもカレー料理がつくれるようになった。

<現在のイギリスのカレー事情>

18世紀にイギリスで大流行したというカレーだが今のイギリス人がカレーを食べているとは私はとても思えないのである。

こちらのサイトで私と同じ疑問を持った方が質問している。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0917/263426.htm?g=09

それでいうとフランス、ドイツなど大陸にはない。カレーはインド料理店で食べるものだ、という答えであった。

イギリスにはある、という回答もあるが具体的にどこの店で食べられるとは答えていない。
こちらはイギリスのカレー事情である。どうもはかばかしくない。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/391985.html

ところがこの英国ウェールズのパブ&ホテルのメニューを見つけた。たしかにCurryとある。インド人経営ではないと思う。

Home Made Medium Spiced Chicken Curry served with chips, rice or half and half 9.25
Home Made Hot Beef Madras Curry served with chips, rice or half and half 9.25


住所は、Church Street, Beaumaris, Anglesey

http://www.sailorsreturn.co.uk/menu.htm

<どうしてカレーにとろみはついたのか>

カレー粉ができたのはわかった。しかし、どうして、カレーに小麦粉がはいったのかがわからない。

<カレーは安土桃山時代に日本に来ていた>

吉田説に真っ向から反対する人々が現れた。なんと三宅秀が見たのより遡ること270余年。安土桃山時代にカレーは現在の長崎県大村市にもたらされたというのだ。
それがこのサイトである。

http://umakatai.omlog.net/curry

九州のキリシタン大名が派遣した天正遣欧少年使節がインドのゴアからカレースパイスを持ち帰ったというのである。

しかし〜。このサイトで紹介されているカレーはどう見てもインドのカレーとは違う。

だが確かに彼らは往きと還りにポルトガルの植民地であったインドの西海岸のゴアに滞在している。

この際、大阪地検の前田恒彦の如く、、元農林女性官僚にさからって、天正遣欧少年使節の大村の少年たちがゴアでカレーを食っていたというストーリーを捏造して、東京地検の民野健治の如く強引に取調べしてみっか、と思う中太郎であった。

というわけで、ポルトガルとインドのカレーそして安土桃山時代の日本人はつながるのか、次回は別の本で考えてみる。
| 中落合中太郎 | 吉田よし子 | 01:37 | comments(0) | - | pookmark |
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