食べ物と汽車が好きな人のための書評

名作の中の食べ物、作家が好きな食べ物と旅を追って、本の森を歩こう

中落合 中太郎
(C)Chutaro.Nakaochiai
焼き飯―『街道をついてゆく−司馬遼太郎番の6年間』村井重俊
街道をついてゆく 司馬遼太郎番の6年間
街道をついてゆく 司馬遼太郎番の6年間
村井 重俊

本作品は2008年7月26日発表のものに加筆修正したものです。


司馬さんは意外と料理ができた。
「焼き飯の作り方を教えてあげようか」
と、言い出したことがあった。


<焼き飯レシピ>

本書には司馬風焼き飯のレシピがのっている。肉は牛肉。野菜はじゃがいも、キャベツ、しょうが、をいれる。

しょうがは紅しょうがではないか?と中太郎は思うのだが記述はただ、しょうがである。

出来上がり前に醤油を焦がしいれる。

そして、これがないと司馬風にならないものとして味の素をたっぷりいれることだ、と語っている。

卵や焼豚、ネギなど関東で一般的なチャーハンの具は一切はいらない。

本書を読めば司馬風焼き飯作れます。それくらい詳しく書いてあります。

大正12年生まれの司馬さんはシンプルなものが好きで、

タケノコ飯を炊いてください。

カシワ(鶏肉)もお揚げも入れんと、タケノコだけで炊いてください、

と京都の料亭で注文したりしている。

それにしては、この焼き飯はゴチャゴチャいろいろ入ってるなあ。

ただ、じゃがいももキャベツもおとなしい味で、しょうががスパイスになる程度。

やはり、司馬さん好みなのか。

<司馬遼太郎風焼き飯をさがして>

実は焼き飯の話をどこかで読んだことがあり、奥さんの福田みどりさんの『司馬さんは夢の中』(中央公論新社)を読み返したり、

本書にも出てくる三浦浩さんの『菜の花の賦―小説 青春の司馬さん』(勁文社)を探したりしたのだが、出てこない。

三浦さんは作家で、産経時代の司馬さんの後輩である。

司馬さんが亡くなった直後は、「司馬さんを語る」風の出版物にエピソードが沢山掲載された。

が、雑誌を含めて探しても、焼き飯について、「これは」、というものに行き当たらなかった。

本書には、中太郎がずっと気になっていたエピソードが収録されていて、人間司馬遼太郎を愛する人には楽しい本である。

<最期の司馬遼太郎番記者>

本書の作者の朝日新聞社の村井重俊さんは、「街道をゆく」の『濃尾参州記』を担当する最後の司馬番記者であった。

司馬さんと共に台湾、ニューヨーク、オホーツクなどを旅した。

もうひとつ私の好きなエピソードがある。 『本郷界隈』で、東京大学を散歩する。

担当記者がやけに東大に詳しいので同僚の池部史生記者が「君、東大卒だっけ」と聞く、池部氏も彼も早稲田出身なのはみな、知っている。

担当記者は実は東大志望であったことを告白する。このくだりも覚えているのだが、この会話は単行本の『本郷界隈』には載っていない。

週刊朝日の連載にのみ掲載されたのだろうか?私の思い違いだろうか?と長い間、気になっていたのだが、その模様が本書に再現されている。以下、引用する。

「いえ、受けたことは受けたんですけど」

と、いったところ司馬さんの足が突然とまった。

「北海道から東京に出てきて、やっぱり東大に行きたかったか」

<中略>

司馬さんはうつむき、それから天を仰いだ。


そういう司馬さんも帝国大学への進学がほぼ確実の旧制弘前高校の受験に失敗し、大阪外国語学校に入学する。

これも縁なのか司馬さんの死後、母校大阪外国語大学は旧帝大の大阪大学に併合された。

司馬遼太郎や陳舜臣が同窓生になって得をしたのは阪大生の方だと思う。

<食べ物へのこだわりはあるがグルメとはちがう>

中太郎は司馬作品は大好きだが、司馬さんは食べ物についてあまり関心がなく、

旅行先の料理などの記述がほとんどない、と前々回『サミュエル・アダムズ』の稿でこぼした。

(筆者注:本ブログ2008年7月12日発表のサミュエル・アダムズ―『走ることについて語るときに僕の語ること』by村上春樹のこと)

著者の村井記者も司馬さんやみどり夫人の食事には泣かされている。

『台湾紀行』では、老台北こと蔡焜燦さんらが台湾の美味、珍味を次々と出してくれるのだが、ふたりはスルーである。

司馬さんは関心がないというより、食べるものに用心している、という方が的確だ、と本書で知った。

みどり夫人はさらにむつかしい。燕の巣のスープ、ボラのへその炒め物、かにシューマイもいけない。

食の都でみどりさんが満足したのは著者が自分のために注文したソース焼きそばだった

台北でソース焼きそばかいな。

そりゃ、台湾の人は拍子抜けだわ。同情する。

<大間のマグロより鰻の司馬さん>

『北のまほろば』で下北半島のむつ市で旧斗南藩の人たちと小料理屋で会食した。

旧斗南藩とは旧会津藩士が幕末、明治新政府によって島流し同様に下北半島の辺地に国替えされた地である。流刑地といっていい。

そこがいまは、水産物の宝庫となっている。

大間のまぐろ、陸奥湾のほたてなど海の幸が豊かなむつ市である。

そこでなぜか司馬さんは鰻丼を注文する。以下、『北のまほろば』より青字は引用。

え?」
という表情を編集部の村井重俊氏が私に向けた。

村井氏の不安はよくわかっている。
蒲焼は、専門店のものである。


<『オホーツク街道』 カニに不機嫌になる司馬さん>

司馬さんはカニアレルギーである。

奥さんのみどりさんは司馬さんのいない時、記者とカニクリームコロッケを食べるくらい好きだ。

本州の人がくれば北海道の人はカニで歓待してくれる。

まして司馬遼太郎が来る、というので網走のレストランは張り切った。毛ガニが出た。

機嫌の悪くなる司馬さん。スタッフはお店に気遣って「うまい」といって食べた。

司馬さん同様、アレルギーのある池部記者もカニみそを食べた。

司馬さんにとって池部記者がはるかに遠くなった瞬間だったろう。


<みどり夫人のカレーとひとり酒>

本書に出会うまで中太郎は、

「司馬さんみたいな酒の飲めない偏食の亭主を持ってみどり夫人は大変だなあ」と勝手に同情していた。

福田みどりさん著の『司馬さんは夢の中』だと思うのだが新婚の司馬さんにみどりさんがカレーを作る話。

司馬さんが「ボクはあまり肉がすきやない」という。

みどりさん「私も」

司馬さん「魚もきらいや。野菜もあまり食べない」

司馬さんの希望通り肉も野菜も入らないカレーを口にした司馬さんがつぶやく。

「今まででこんなにマズイカレー食べたことない」

司馬さんもみどりさんにすまないと思ったのかこんな話をエッセイに書いている。

司馬さんが深夜、執筆に疲れて台所に行くと、

寝たと思っていたみどり夫人がひとりですき焼きをつつきながら日本酒を飲んでいた。

それを見た司馬さんは「ああ、おれはつくづく酒が飲めない男だな」と思った、という。

中太郎も酒のにおいのするうちは「あっちへ行け」という女性と十数年暮らしているので、みどりさんには大いに同情する。

夕食を食べながら、冷蔵庫にビールを取りに行こうとすると「まだ飲むのか」と四角い目でにらまれるのは情けない。

<司馬さんより偏食のみどり夫人>

ところが本書で、みどりさんの方がユダヤのラビの如く、中世の修道女の如く、ジャイナ教徒のごとく、

食べ物にデリケートなことがわかった。

食事のたび、司馬さんはみどり夫人の食べ物をあれこれ心配し、村井記者は走り回る。青字は引用。

みどりさんは美食は望まない。たこ焼きやコンニャクの天ぷらなどはよろこんで食べるが、

素材が想像できる食材には手を出さない。

牛肉なら牛を、豚肉なら豚を想像してしまうと もうアウトなのだ。


だけど、こんにゃくの天ぷらってなんや?

<むかしの良妻賢母とは対極にいるけど素敵なみどりさん>

「ウチの奥さんは魔法ビツ(電気釜)にお米をいれとけば、飯が出来ると思ってる」というようなこともどこかで司馬さんは書いていたけれど、


 『竜馬がゆく』のおりょう、千葉さな子、乙女大師。

『花神』のイネもそんな感じである。家事にはうといが溌剌とした女性像が司馬さんの理想であったのではないか。

私の中では司馬作品の女性たちとみどりさんがだぶるのだ。

言論界の重鎮ともいえる司馬さんが、いつも、みどりさんの食べられるものに気を配っていたなんて。

そして、そういう男性像が 坂本竜馬「竜馬がゆく」だったり河井継之助「峠」なのかな?

もちろん、中国寄りといわれる週刊朝日が当時の李登輝総統と司馬さんの対談を掲載するに当たっての編集部の緊迫がそれとなく書いてあるし、

べつに焼き飯の話だけではないのですが、中太郎にかかればこんなもんです。
| 中落合中太郎 | 村井重俊 | 12:32 | comments(0) | - | pookmark |
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