食べ物と汽車が好きな人のための書評

名作の中の食べ物、作家が好きな食べ物と旅を追って、本の森を歩こう

中落合 中太郎
(C)Chutaro.Nakaochiai
歌人 斎藤茂吉の好物はウナギだった。
<お断り>
本編は2007年3月27日付けで発表したものに加筆したものです。

出典:「青年茂吉」北杜夫著 岩波書店

鰻のご馳走はほんとうがっす。
茂吉先生の次男であるドクトルまんぼう北杜夫が父の生涯をつづった「青年茂吉」にそのくだりが紹介されている。

北杜夫って誰?という方にはエッセイストの斎藤由香さんのお父さんが北杜夫先生。北杜夫さんのお父さんが歌人の斎藤茂吉先生である。

さらに精神科医の斎藤茂太先生は北杜夫さんのお兄さんである。(やれやれマタイ伝の出だしじゃあるまいし)。

ついでにいうと宮脇俊三さんが中央公論社の編集者当時、北杜夫さんがお隣に引っ越してきた。お嬢さんの宮脇灯子さんも作家でご活躍である。

中太郎が好きな作家は司馬遼太郎、阿川弘之や宮脇俊三で歌人の一生などに興味はない(アララギ派のみなさんごめんなさい)。

大歌人についてこのブログが触れる理由は簡単。阿川弘之さんが自分の好物について書いた「食味風々録」(2001年新潮社)の中で茂吉一家の鰻好きについて触れ、この「青年茂吉」を紹介していたからである。

また、本稿で、「茂吉先生」と呼ぶのは、阿川さんがいつも、北さんの父君に敬意を表してそう書いているのでそれに倣っているからである。

なら、貴様、大正9年生まれの阿川さんや昭和2年生まれの北さんも先生と呼べ、と叱られそうだが、

そうするとこのブログ全体が「先生」だらけになって教員室か医師会の理事会みたいになってしまうので勘弁してください。

 阿川さんは茂吉の歌を30首くらいいつでも暗誦できるそうだがもっとも印象的な歌は、

 特急車 山陽道を走るとき わが目に浮かぶ山のみささぎ

であるそうな。旧制広島高校の生徒であった阿川さんは先生に、
「これは作者が現実に山稜をみているのか心象風景か」ときかれた。

阿川青年は、
「もちろん心象風景です」
と言下に答えた。

その理由は、当時の山陽本線の特急はほとんど、暗いうちに通過する。車窓から山のみささぎなんか暗視スコープでも使わないかぎり見えるわけない、というわけだ。

鉄ちゃんの草分けの阿川さんは時刻表を熟読していたので、それを知っていた。

このくだりは青年茂吉94頁の大意だが卒寿を越えた阿川さん自身あっちこっちに書いている。よっぽど自慢なんだろう。
食味風々録
食味風々録


(やっと、鰻の話です)
さて、歌人斎藤茂吉は妻輝子らと共に昭和20年4月、妹の嫁ぎ先である山形県上山町(現上山市)の斎藤十右衛門宅に疎開していた。

同県大石田町の歌人、板垣家子夫(いたがき かねお)氏が町長を連れて茂吉先生を訪問した。(大石田町は村山市、尾花沢市に隣接)

町長はその際、農芸女学校で講演してくれるよう頼んだのだが茂吉は断った。以下引用。

「いやあ、町長さん。私は講演が嫌いで下手だから駄目だっす。勘弁してけらっしゃいす」

(中略)

町長は講演してくだされば夕食は鰻を出すと持ちかけた。すると、
「鰻のご馳走はほんとうがっす。本当ならやるっす。そんならやるっす。だが、十五分でよいがっす」

と、引き受け十五分の約束を四十五分話したという。

茂吉先生の奥さん、輝子さんはアフリカから南極まで旅し、「徹子の部屋」にも出演した女流旅行家だ。

長男モタさんこと斎藤茂太先生は自宅に旅客機の座席を持ち込み航空会社のカトラリーで食事されるほどの飛行機狂であり、グルメとして有名である。

いずれも故人であるが北さんを含め、茂吉先生一家のごひいきの鰻屋は銀座の名店「竹葉亭本店」である由、阿川さんが前出「食味風々録」に書いている。

竹葉亭は文壇の食通、池波正太郎も紹介している。
青年茂吉―「赤光」「あらたま」時代
青年茂吉―「赤光」「あらたま」時代


「壮年茂吉」北杜夫著 岩波書店
壮年茂吉―「つゆじも」~「ともしび」時代
壮年茂吉―「つゆじも」~「ともしび」時代


(茂吉先生が食べたナイル川のうなぎ)

この夕べ鯛の刺身とナイル河(が)の鰻食はしむ日本の船は

大正十年十月、茂吉は日本郵船熱田丸で横浜を出帆。欧州留学の途に就いた。その途上、鰻の蒲焼が食卓にのぼったらしい。

「壮年茂吉」で北杜夫は自らが船医として乗り込んだ水産庁調査船照洋丸の欧州への航海の体験(ベストセラー「ドクトルまんぼう航海記」の旅)と重ねてナイルのウナギについて書いている。
どくとるマンボウ航海記
どくとるマンボウ航海記

「照洋丸もスエズを発ち地中海に入った夕食に鰻を出した。ナイル河産のばかでかいものであった。

(中略)

その蒲焼はまったくそれを裏切る大味なものに過ぎなかった。

茂吉も鰻が食卓に出たと歌っているだけで、その味についてまったく触れないのは、内心不満だったのではあるまいか」(「壮年茂吉」

その鰻はアンギラ(ス)種というもので日本の鰻よりかなり太くて大きいものらしい。ヨーロッパでは蒲焼ではなく煮込みなどで食べる。

北杜夫はその後ドイツで、そういう鰻を食べる。

「ちなみにドイツでは、鰻はスープ、または燻製で食べる。前者は慣れぬせいもあろうがまずくて私は一遍で懲りた」 「壮年茂吉」より

ところが食通の阿川さんは「風々録」で「アンギラスの煮込み」を絶賛している。
この煮込みは茂吉先生や北さんが食べた成魚ではなく幼魚である。

(Qちゃんの食べた鰻)
2000年のシドニー五輪、女子マラソン金メダルの高橋尚子さんはシドニーで合宿中に「うなぎが食べたい」と管理栄養士の金子ひろみさんに所望。

金子さんはお化けみたいにでかいオーストラリアの蒲焼を調理する。Qちゃんはそれをペロリと食べた、と「食べて、走って、金メダル」(金子ひろみ著)にある。

これがアンギラ種なんだろうな。

さいごに阿川さんが大好きという茂吉の歌を北さんが「青年茂吉」に書いているので紹介する。

全けき鳥海山はかくのごとからくれなゐの夕ばえのなか(白き山)

阿川佐和子さんのお父さんはこの歌を詠じて泣くという。



| 中落合中太郎 | 斎藤茂吉 | 12:04 | comments(0) | - | pookmark |
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